So-net無料ブログ作成

四十笛山(宇部市藤河内) [県西部の山]

この山は平成12年2月に一度登っている。おそらく山名に惹かれたのだろう。当時の記憶はほとんどないが、2万分の1の地形図にルートを落としていたので、それを参考に南西麓の上ノ河内(カミノコウチ)側から取り付くことにした。
南西に延びる細尾根から上がり一つ南側の伐採谷へ下った。(2013.06.05)
P1100170麓から四十笛山.JPG麓から四十笛山
四十笛山.jpg (クリックで拡大)

猪ノ木トンネル南入口の手前の駐車スペースに車を置く。
上ノ河内集落北端の民家へ向かって砂利道を進むと、民家手前で左の林道へ入る。
P1100171未舗装道.JPG未舗装道

耕作地沿いに進み、林道終点手前で右の尾根へ上がる山道へ入る。
P1100172林道・トタン柵.JPG林道・トタン柵
P1100174取り付き2.JPG山道への取り付き
P1100175山道.JPG山道

細尾根上に出ると山道と出会う。尾根の両側の谷からいくつか山道が付いているようだ。
P1100176尾根道.JPG尾根道

左右に道が何度か分岐するが主道を進む。
P1100177分岐.JPG分岐
P1100178分岐.JPG分岐
P1100179分岐.JPG分岐

勾配がきつくなり始めると三分岐点に着く。当初右の巻き道を取ったがまもなく荒れてきたので、分岐点へ戻り、真ん中の左への巻き道を進む。
P1100180三分岐.JPG三分岐

左スギ林沿いに進むとまもなく道が潰れ不明瞭となる。少し迂回しながらやり過ごすと、ふたたび山道が現われ、すぐ先の平坦地で道が終わる。
P1100181スギ植林帯・山道一旦不明瞭となる.JPGスギ植林帯
P1100182谷平坦地と山道が終わる.JPG山道終点部

やむなく上方の尾根をめざし雑木疎林の斜面を登ると、山頂から100mほど北西側の尾根に出る。
P1100183雑木疎林の斜面.JPG雑木疎林の斜面
P1100184尾根道・左植林帯.JPG尾根道・左植林帯

右折し、左ヒノキ林の切開きを進むとあっけなく四等三角点のある山頂に着く。雑木に囲まれた小空間で、展望はない。
P1100186切開き.JPG切開き
P1100187山頂手前.JPG山頂手前
P1100188四十笛山山頂.JPG山頂

帰路は南尾根を取る。
すぐに竹林となり、小鞍部で地籍調査の黄色プラスチック杭を確認する。
P1100192竹林の尾根道.JPG竹林の尾根道
P1100193竹林.JPG竹林
P1100194鞍部の地籍多角プラ杭.JPG地籍調査プラ杭

まもなく倒竹帯となる。ところどころ測量杭とテープがある。
P1100195倒竹.JPG倒竹
P1100196倒竹.JPG倒竹

小さな峠状の鞍部を上り返すと小ピークに着く。
P1100197峠.JPG鞍部
P1100198峠のプラ杭.JPG鞍部のプラ杭
P1100200 210m小ピーク.JPG小ピーク

前方は右側ヒノキ林の尾根境の道が続くが、ここは右折し、ヒノキ林境の尾根を下ると左側に大きく伐採地が開ける。
P1100199小ピークから南尾根・植林境.JPG小ピークから南尾根へ向かう
P1100204伐採ピーク.JPG伐採小ピーク

伐採小ピークからは鷹ノ子山やきららドーム、日の山などが見渡せる。
P1100205鷹の子山.JPG鷹ノ子山
P1100203きららドーム・日の山.JPGきららドーム・日の山

伐採時に付けられた作業道をそのまま下っていくと、麓の集落から上がっている未舗装道の終端部付近に出る。
P1100206石垣.JPG伐採帯
P1100208伐採帯(下部から).JPG集落道終端部から伐採帯
P1100209上ノ河内から四十笛山.JPG上ノ河内から四十笛山

■山名考
地下上申の隣村境書の項によると、藤河内村では「寺嶽山」、棯小野村では「いのき山」、花香小野村では「井ノ木山」と記された山が、この山に該当すると思われる。

猪ノ木トンネル上部の峠はいずれの村でも「いのき垰」と呼ばれていたようで、当時、小野側に「いのき」という地があり、山名や峠の名はこれに由来すると思われる。

藤河内側での呼称「寺嶽山」については、分国寺古跡(観音堂)が上ノ河内にあったことが同書に記されており、これに由来するものだろう。また、風土注進案の藤河内村の項を見ると、観音堂の由来が載っているほか、高山として「鷹ノ子山」ととともに「分國寺山」の名が挙がっており、江戸末期には藤河内側では分國寺山の名が使われていたようである。

さらに、風土注進案「小野・櫟原」の村内小名の項によれば、「いのき」の地名が「榎(エノキ)」に変わったようで、人家なしとされている。このためか峠の呼称も小野側、藤河内側とも「榎垰」となっている。棯小野側にも榎垰の名が見えるが、これは山頂の南尾根にある峠の呼称と思われ、同村を流れる榎川の源頭とされている。したがって当時榎垰が山の西側と南側に二つ存在していたことになる。
また、同書によると、山名も同様に変わったのか、小野・櫟原では「榎山」、棯小野では「榎木山」の名を見ることができる。

それでは肝心の「四十笛山」の呼称の由来はどうなのか。
風土注進案「小野・櫟原」の山川之形勢の項に「東は棯小野村境大山笹ヶ垰より四十ぶへ、藤河内村境榎垰」とあり、これ以外には「四十笛」の名は見当たらない。

現地形図を見ると、山の北東部に破線道のある峠があり、これが笹ヶ垰だろう。「四十ぶへ」はその西側の地もしくは山を指すものと思われる。
山頂にある四等三角点「四十笛」の点の記を見ると、点名に「しじゅうぶえ」とルビが振られ、土地の地番は「大字小野字四十フエ」とされている。点名はこの字名に拠ったものだろうが、笛の字をあてているところを見ると、他に由来があると思われる。

「防長百山」の巻末や「防長山野へのいざない改訂版第1集」の山口県の山標高ランキングにも「四十笛山」の名がある。もともと小野側の呼称と思われるが、地元で現在呼ばれているかどうかは今回確認していない。何か想像をかきたてる名前だが由来も不明。