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岡山〈境界岩探索〉総括編(宇部市東吉部、美祢市伊佐) [県西部の山]

岡山については今年2月に2度報告した。その後境界岩は尾根上にあることを前提に伊佐側の主要な尾根などを歩いてみたものの、いくつかの疑問点にぶつかり頓挫したので、報告せず数ヶ月が過ぎてしまった。そこで記憶があやふやになる前に取りあえずまとめてみることにした。
P1080141K岩.JPGK岩(割り石?)
岡山.jpg (クリックで拡大)

■地下上申等の記述
重複するが、前回の記述を以下に再掲載する。
「防長地下上申」吉部村隣村境書の境界岩に関連する部分を以下に引用しておく。
「… ろんて山之尾下り木部村之内柏村より伊佐村之内杉谷え出ル道を横切り、夫よりつぶ池山え登り、せきせうか垰え下り追分石有之、此石牛馬足形有之、此石物境、夫より鼓岩か後平狼岩平と言え取付、嶺尾より北平六分めえ下り道有之此道より上は木部村、道より下は伊佐村也、右小道よりどうが原山え取付、此山後ノ方北平ハならき尾と云物境之狼岩え取付、後平ならき尾嶺尾より五分目下り右狼岩有之、狼岩より上は木部村、狼岩より下は伊佐村也、右狼岩より高嶽山後北平嶺尾より六分目下り、物境之ぬめり岩え取付、此ぬめり岩より上は木部村、下は伊佐村、右ぬめり岩より北平東ノ方え六分目通り廻り高嶽之尾へ取付、此尾尾境ニて此尾下り、尾末ニ物境之わり石有之候、此わり石より鳥越堤え取付、此堤北ノ方へ三分めハ伊佐村、七分め南の方は木部村、此堤よりは木部村之内犬か迫より伊佐村之上ノ村え出ル道え取付、…」

また、「防長風土注進案」東吉部村の山川之形勢の項には、「西ハ先美禰郡杉谷村境追分ケ石より狼岩 辷り石 割石 鳥越堤 … 」という記述がある。

なお、「地下上申」伊佐村境書之事の項では、「南ノ方吉部村境は、犬迫道を横切野山え取登りかし舟垰え下り、夫よりそらか河内、…」とあり、岡山付近の旧村境がピークを通らず、岡山山頂も吉部側であるせいか、「野山」と記すだけで境界岩の記述もなく、実にそっけない。

■疑問点
疑問点の主なものは次のとおり。
①基点となる「追分石」の位置はどこか。
②地下上申隣村境書の記述にある「六分目」や「五分目」は、方向、標高など何を示すのか。
そこで、これらの疑問を解くことで自分なりに境界岩の位置を推定してみた。

■境界岩の位置の推定
踏査当初は、現在の市境の位置と地下上申作成の頃の旧村境が基本的には同じであることを前提に探索していたが、記載内容と現地とに矛盾があることが分かってきた。そこで途中から同一ではないことを前提とすることに切り替えた。

1 市境および旧村境の検討
まず5万分の1の地形図と地下上申隣村境書の記述について確認しておく。
現在、国土地理院の地形図上での市境は、「せきせうか垰」とみられる尾根鞍部から一旦岡山南峰方向へ上がり、山腹をほぼ水平位置で北上し、岡山北峰から北西方向へ派生する支尾根あたりからS字状に下り県道を横切り、(鳥越)堤へと続いている。
一方、地下上申の記述から、旧村境は、「せきせうか(せきしょうヶ)垰の追分石」から「鼓岩か後平狼岩平の尾根の六分目へ下ったところの小道」を通り、堂ヶ原山(岡山南峰)の支尾根である「後平ならき尾の五分目へ下ったところの狼岩」に取り付く。続いて高嶽山(岡山北峰)の「後北平の尾根から六分目へ下ったところのぬめり岩」に取り付く。ぬめり岩からは尾根をそのまま東へ回り込み、ふたたび高嶽山の支尾根に取り付き、尾根伝いに下ると尾末にわり石がある。わり石から鳥越堤の三分目(伊佐側)と七分目に分けるところを通り、犬ヶ迫から上野へ通じる道を横切る。
以上の内容を念頭に置いて、各境界岩の位置を推定することとする。

2 追分石の位置
まず①の疑問点、「追分石」の位置については、現在のところM-1、M-2岩以外に該当する岩が見つかっていないため、これを最有力候補とする。
P1080163 M-1岩.JPGM-1岩
P1080165M-1岩(表面裏側).JPGM-1岩(裏側表面)
P1080166M-2.JPGM-2岩
P1080169M-2岩(裏側表面).JPGM-2岩(裏側表面)

3 「分目」の解釈
「追分石」の位置を取りあえず特定すると、他の境界岩の特定にあたり、②の疑問点、「六分目」や「五分目」の解釈が問題になってくる。「分目」については、境界を分かりやすい尾根や谷ではなく中腹としたための独特の表現方法と思われる。当初、これは方向を示すのではないかと考えたが、どうも現地の状況と記述がうまく合わない。
他の山名の調査のため地下上申の棯小野村、藤河内村、花香小野村の隣村境書の項を見ていたところ、たまたま「分目」や「歩目」の記述が目にとまった。これらの記述内容から、これは山頂(ピーク)からの標高を表わすのではないかと考えるに至った。
そこで、吉部村の隣村境書の記述部分に当てはめて検討してみた。
起点は山頂ということにして、ここで問題となるのが終点(十分目)をどこにするかである。山麓といってもいろいろな取り方があるので、ここは「当該岩の位置する尾根の勾配が緩む地点」ということにした。また、一分目の高さは起点(山頂)から終点までの標高差を10等分したものとした。
以下、境目書の記述に従って岩等の位置を推定してみる。

● e 尾根の山道
追分石の次の目印となる「狼岩平の山道」については、尾根の「六分目」へ下ったところと記してある。
e 尾根の勾配が緩むのが標高310mあたりからとすると、堂ヶ原山山頂(標高408m)との標高差は約100mであり、山頂から六分目は標高370mあたりとなる。
これは現在、市境から分かれ e 尾根が北へ方向を変えるあたりで、ヒノキ植林境から分かれた尾根道が不明瞭ながら残っており、さらに標高350mの鞍部からは東側の谷へ道が下っている。
P1080245支尾根・小プラ杭.JPGe尾根の山道
P1080247山道に出会う(逆方向).JPG谷沿いに下る山道(下方から)

●狼岩
次の「狼岩」は、ならき尾( f 尾根)の五分目下ったところにある。
f 尾根の勾配が緩むのが標高300mあたりからとすると、堂ヶ原山頂との標高差は約110mであり、山頂から五分目は標高約360m付近となる。
これはS-2岩のある位置と一致する。
P1080281 S-1 岩.JPGS-1 岩
P1080283 S-2.JPGS-2岩
P1080287 S-3岩群.JPGS-3岩群

●ぬめり岩
さらに「ぬめり岩」は高嶽山の後北平の尾根(北西に延びる j 尾根と思われる)から六分目へ下ったところにある。
J 尾根の勾配が緩むのが標高230mあたりからとすると、高嶽山山頂(標高423m)との標高差は約190mであり、山頂から六分目は標高約350m付近となる。
これはB-7、B-1の位置と一致する。
P1080486 B-1岩.JPGB-1岩
P1080487 B-1岩上部.JPGB-1岩上部
P1080488 B-2岩.JPGB-2岩
P1080489B-2岩上部.JPGB-2岩上部
P1080491 B-3岩.JPGB-3岩
P1080492 B-3岩上部.JPGB-3岩上部
P1080493 B-4岩.JPGB-4岩
P1080496 B-5岩.JPGB-5岩
P1080497 B-6岩.JPGB-6岩
P1080498 B-6岩上部.JPGB-6岩上部
P1080502 B-7大岩側面.JPGB-7岩側面
P1080508 B-7大岩下部から.JPGB-7岩下部から

●わり石
わり石については、形状からしてK岩が最有力だろう。
P1080214K岩(割石?).JPGK岩
P1080215割れ目.JPG割れ目
P1080475 L岩.JPGL岩

なお、鳥越堤についても「三分目」と「七分目」の表現が使われているが、これは水平方向における分割の表現だと考えられる。垂直方向や水平方向など状況に応じて使い分けているのではなかろうか。

■山道
今回の山行を通じて、市境の峠近くの県道から水平に延びる林道とは別に、伊佐の杉谷集落側からの山道が2本とそれを連結する幅広の山道を見つけた。これらを利用し、昔から植林等の開発を行ってきたと見られる。
P1080255旧山道.JPGやや不明瞭なe尾根への山道
P1080334取り付きへのあぜ道.JPGi尾根およびj尾根取り付きへのあぜ道
P1080321イチョウの木.JPGイチョウの木
P1080320山道支尾根取り付き(逆方向).JPGi尾根取り付き(逆方向)
P1080299幅広巻き道.JPG幅広巻き道
P1080288幅広巻き道.JPG幅広巻き道

■その他の岩
●鼓ヶ岩
地下上申絵図の吉部村の部分を見ると、東側から「高嶽山」、「堂ヶ原山」の次に「鼓ヶ岩」のピークが描かれている。吉部村の隣村境書には「鼓岩か後平狼岩平」といった記述がみられ、これは当該岩の北側の緩い斜面を示すものと思われる。
堂ヶ原山の西側の小ピークだろうと、J岩あるいはN岩のあるピークあたりに目をつけて探索してみたところ、いずれにも平坦な岩があった。J岩は小岩であり、近くに町有林の境界ポールがある。N岩はいくつかの岩が集積している。名前から発想し、岩の上にあがり踏んでみたが音は響かなかった。
P1080275 J岩2.JPGJ岩
P1080240町有林ポール1.JPG町有林ポール
P1080174岡山南西尾根の岩群N.JPGN岩群

●T岩、U岩
幅広巻き道沿いにあるこれら二つの岩は、いずれも規模が大きく、なんらかの名前が付いてもおかしくはない。
P1080293 T岩.JPGT岩
P1080298 U岩(上部から).JPGU岩(上部から)

●R岩群
これらの岩はいずれもe尾根東側の谷に散在している。特にR-4は「狼岩」のような風格のある岩である。
P1080243岩群R-1.JPGR-1岩
P1080244岩群R-2.JPGR-2岩
P1080251 R-3岩群U.JPGR-3岩
P1080249 R-4岩.JPGR-4岩
P1080248 R-5岩群S.JPG R-5岩
P1080252R-6岩.JPGR-6岩

●市境沿いの岩
P1080267 F岩.JPGF岩
P1080278G岩.JPGG岩
P1080276 H岩.JPGH岩

● i尾根の岩
P1080310 山道.JPG i尾根上の山道
P1080311W岩.JPGV岩群
P1080314 岩群の谷(上部).JPG岩群の谷(上部)
P1080318岩群の谷(下方).JPG岩群の谷(下方)

● j尾根の岩
P1080330 W-1中岩.JPGW-1岩
P1080327 W-2岩.JPGW-2岩

● k尾根の岩
P1080510 Y-1岩側面.JPGY-1岩
P1080516 Y-2岩下部.JPGY-2岩

● l(エル)尾根の岩
P1080482 エル尾根Z-1岩.JPGZ-1岩
P1080480 エル尾根Z-2岩・小コン杭.JPGZ-2岩

●その他の岩
P1080257 A岩.JPGA岩
P1080209 P岩.JPGP岩
P1080207 Q岩.JPGQ岩


以上、一応現段階での境界石の位置を推定してみたが、「分目」の取り方などこじつけの感は否めない。今後、推定方法の見直しや新たな岩の発見によっては境界岩の位置が変更するかもしれない。