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焼下山(萩市椿) [県北部の山]

焼下山(やけしたやま)には過去2度ほど登っている。最初は平成11年1月に道の駅の東側の谷を詰め、鞍部から直登した。帰路は縦走し南明寺側へ下るつもりだったが、途中で予定を変更し、植林境を急降下で大屋側へ下った。二度目は平成18年11月に北東麓の長野側から尾根伝いに登り、帰路は尾根の途中から谷へ下り、工事中の砂防堰堤を迂回して戻った。三度目となる今回はリベンジの意味もあり、南明寺側から縦走し山頂をめざすことにした。
P1060601.JPG裏山を背にした観音堂
焼下山.jpg (クリックで拡大)

萩往還梅林園の駐車場に車を置く。トイレも利用できる。
P1060582萩往還梅林園駐車場.JPG萩往還梅林園駐車場

東に向かうと中国自然歩道に出る。涙松跡を左に過ごし大屋集落に入る。
P1060583涙松遺跡.JPG涙松跡

観音橋、南明寺橋を過ぎ、南明寺駐車場の表示で右折すると、裏参道経由でイトザクラのある境内に着く。
P1060587裏参道入口.JPG裏参道入口
P1060594イトザクラ.JPGイトザクラ
P1060590表参道.JPG表参道側より境内

墓地を右に過ごし、奥の院の観音堂をめざし参道を進む。
P1060595参道・墓地.JPG参道・墓地
P1060596参道.JPG参道
P1060597参道.JPG参道

左折地点で数体の石仏に出会う。
P1060598石仏.JPG石仏群

二度折り返して進むと、前方に観音堂の屋根が現れる。
P1060600観音堂.JPG観音堂

観音堂は手前にロープが張られ立入禁止中である。
P1060602観音堂.JPG観音堂

境内からは新設の土塀越しに萩市街や指月山が見渡せ、絶好の展望地となっている。
P1060603萩市街・指月山を遠望.JPG萩市街・指月山を遠望

境内の左に上がると平坦地があり、ここから尾根に取り付く。あとは左側植林の尾根境をひたすら登ればよい。
P1060606左植林境.JPG左植林境

途中シダが現れるが長くはない。
P1060608シダ付き.JPGシダ付きの尾根
P1060609シダが薄くなる.JPGシダが薄くなる

植林が右に変わり登り切ると300m小ピークに出る。植林に囲まれ展望は得られない。
P1060610右植林境.JPG右植林境
P1060612 300mピーク.JPG300mピーク

植林境の平坦尾根を進み、二つ目の支尾根分岐で北に方向を変えて進むと、突然尾根上に大穴が現れる。深さ4m、幅8m程度の擂鉢状の穴で人工的なものかどうかは不明瞭だ。初めて歩いた時にもこの穴を記録している。
P1060613平坦尾根.JPG平坦尾根
P1060615大穴.JPG謎の大穴
P1060616大穴(逆方向).JPG大穴(逆方向)

雑木疎林を進むと、318m小ピーク上に出る。ここも展望はない。
P1060617 318mピーク.JPG318mピーク

植林尾根を下ると倒木鞍部に出る。倒木の下はヌタ場となっている。以前の記録にもヌタ場の記録があり、昔からイノシシの好みの場所のようだ。
P1060618尾根(下り).JPG植林尾根の下り
P1060619倒木鞍部.JPG倒木鞍部

植林尾根をアップダウンし、310m小ピーク上で石柱「萩町」を確認する。
P1060620小ピークの石標.JPG小ピークの石柱

雑木尾根を北東方向へ急降下し登り返すと、「椿村有境」と記された石柱が横たわる支尾根分岐点に着く。
P1060621雑木尾根の急降.JPG雑木尾根の急降
P1060622倒石標「椿村有境」.JPG倒石柱

この先しばらくヤブ気味の雑木尾根が続く。
P1060623雑木疎林ヤブ.JPG雑木疎林ヤブ
P1060625雑木尾根道.JPG雑木尾根

右側ヒノキ植林に変わると少し歩きやすくなる。
P1060626右植林境.JPG右植林境

340mの支尾根分岐点で西に方向を変え、雑木疎林尾根を進む。明瞭な山道が一部残り感じがよい。
P1060628雑木尾根道.JPG雑木尾根道

支尾根分岐点を過ぎ、右下に植林谷が現れるとまもなく山頂部に出る。
P1060630山頂手前の雑木尾根.JPG山頂手前の雑木尾根
P1060633山頂部分岐(小プラ杭).JPG山頂部分岐点(小プラ杭)

左折し雑木尾根を少し進むと三等三角点のある山頂に着く。前方はヒノキ植林帯となっている。展望は植林の樹間越しにわずかに見える程度である。
P1060631焼下山山頂.JPG焼下山山頂
P1060632山頂(逆方向).JPG山頂(逆方向)

帰路は前回上りに取った北東尾根を下るつもりだったが、道の駅上部の植林谷に測量(?)テープが付いていたので、予定を変更し、道の駅側に下ることにした。
枝打ちされた植林谷に所々不明瞭ながら踏み跡が残っていて、歩きやすいところを選びながら踏み跡を辿って下る。
P1060634枝打ちされた植林谷.JPG枝打ちされた植林谷
P1060636植林谷.JPG植林谷

三方谷が合流するところに石積の堰堤がある。中央部が開口されているので水はない。初めてこの谷から登ったときは、この堰堤を越え、中央の谷を詰めて鞍部へ上がった。
P1060639石垣の堰堤(下側から逆方向).JPG石積堰堤


草つきの山道となり、さらに下ると急勾配の倒竹谷に出会う。
P1060642草付きの山道.JPG草付きの山道
P1060643タケ・急降部(逆方向).JPG竹林の急斜面(逆方向)
P1060645倒竹谷.JPG倒竹谷

足元を確認しながら沢を右岸・左岸と渡り変えながら下っていくと、荒れた山道が現れる。
P1060646幅広のやや荒れた山道.JPGやや荒れた山道

沢を渡り、さらに山道を下っていくと、麓が近づき前方に駐車場が見えるあたりで突然ササヤブにぶつかる。
P1060648沢渡り.JPG沢渡り(水無し)
P1060649荒れ気味の山道.JPG荒れ気味の山道が続く
P1060651山道終点近く.JPG山道終点近く

左によけてヤブを分けると、すぐに中国自然歩道に出る。山道の入口がトタン小屋でふさがれヤブとなっているのが分かる。そばには萩往還道の道標が立っている。
P1060652出口部・トタン小屋.JPG山道出口のトタン小屋
P1060653下山箇所・萩往還道標(鹿背隧道方向).JPG萩往還と鹿背隧道の分岐道標

道の駅沿いに進み、萩往還道を歩き、解剖地跡、一里塚を通って駐車地へ戻る。
P1060656解剖跡石碑.JPG解剖地跡石碑
P1060658往還道.JPG往還道
P1060660一里塚.JPG一里塚

■山名考
「焼下山」の名は地下上申や風土注進案には見当たらないことから、比較的新しい山名と思われる。一方、悴坂(かせがざか)山というのが、地下上申には御立山、風土注進案には大山として記載があり、大屋にある山とされている。したがって焼下山は、古くは悴坂山と呼ばれていたと思われる。
なお、山名の呼び名は「日本山名総覧」(武内正著、白山書房)に拠った。

また、他のいくつかの資料には「南明寺山」の名が見え、この山の中腹に南明寺観音堂が建つといった内容の記載がある。萩市史第三巻(昭和62年刊行)の萩市指定文化財の項には、南明寺観音堂の説明書きの中で「標高300メートルの南明寺山中腹にある奥の院には…」といった記述があり、これらから南明寺山は南明寺の境内山の名であり、その山頂は、上方の標高300mの小ピークもしくは標高318mのピークではないかと推測される。