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雨乞山・南ヶ岳(山口市上小鯖) [県央部の山]

向山(むかいやま)集落の東方に位置する雨乞山は、十数年前に都合5回登り、かなりてこずった山という印象がある。
初回は11月中旬、地元の古老に出会い情報収集。山名と山頂直下の大岩の存在を知る。岩の下には八幡様が祀ってあったが、今は魂を抜いて麓に下ろしている由。登山道の説明は今ひとつわからない。とにかく目標ができたので、意気揚々と山へ向かう。林道分岐を左に取り、終点から三角点峰よりひとつ北のピークに上がった。山頂で三角点を探し始めたとたん、ブーンという重い羽音とともにスズメバチが現れたので、あわてて駆け下った。この日はそれに懲りず、別ルートでもう一度北ピークへ登頂し下山。
ひと月後、再起を期して、三角点と大岩の探索に臨んだ。三角点は分からずじまいだったが、八幡様の大岩は何とか見つけることができた。所々付けられた赤ペンキの印をたどりながら、明瞭ではないが参道らしき道を下った。途中赤ペンキを見失った箇所があり、麓からもう一度大岩まで登り返して確認。
1年後、三角点探しにけりをつけるため、再度向かう。これまで何度も歩いた山頂の平坦岩のあたりをうろつき、ふと足元を見ると、あった。低木ヤブの中、落ち葉のじゅうたんに隠れていたものの、それほど難しい場所ではない。これに気をよくして、この日は南ヶ岳まで縦走し、別ルートで下山。
あれからかなりの年月が経ったので、その後の状況を確認するため、山へ向かうことにした。今回は、まず大岩への参道(?)をたどってみたが、途中の竹林あたりから前回にも増してヤブ化しているため、右の支尾根に上がり、別ルートで登った。結局ルート確認のため、今回も二度登頂する羽目となった。以下は実際の踏査軌跡ではなく、そのうち比較的分かりやすいと思われるルートで説明する。林道が何度か分岐するので、これを確実に取ることがポイントである。(2012.01.21)
P1030908向山集落と雨乞山.JPG向山集落と雨乞山
雨乞山・南ヶ岳.jpg (クリックで拡大)

南条装備工業の標識のあるところで、県道から集落道へ入る。出合橋を渡ったところに駐車地がある。
墓地を左に過ごし、南条装備工業への道を左に分けて、直進すると、右に小さな石祠を見る。これが山頂下の大岩から下ろされた八幡様だ。背後の岩が随分小さくなり、さぞかし寂しいことだろう。
P1030847墓地前から雨乞山遠望.JPG墓地前から雨乞山遠望
P1030848八幡様.JPG八幡様

右に向山公会堂への道を分け、さらに進むと、集落を抜けたところで、林道が左右に分岐するので、右道に入る。
P1030849林道分岐.JPG林道分岐

約100mで林道が三つに分かれるが、一番明瞭な中央の道を取る。(少し手前で分かれる左道は入り口がややヤブ化しているため、ニ分岐に見える。右道を取ればヤブ化した参道の道となる。)
P1030854林道三分岐点.JPG三分岐点

明瞭な林道を道なりに進むと、途中右上に山道が分岐する。これは荒神社への道である。
P1030892スギ谷へ向かう林道.JPG林道
P1030893林道(右は荒神社).JPG林道(右は荒神社)

谷あいで石組と台座のような平坦岩を見る。
P1030894石組みと祭壇風岩.JPG石組と平坦岩

左にカーブすると林道終点に着く。
ここからはスギ谷を詰める。特に明瞭な踏み跡もないが、これといったヤブもない。
P1030895スギ谷.JPGスギ谷

積み重なった岩塊が見え始めると、まもなく左に大きな岩壁が現れる。
P1030896岩塊流.JPG岩塊
P1030897岩壁.JPG大岩壁

雑木疎林となり、平成21年の豪雨災害時のものと思われる崩壊谷を右に見ながら登ると、主尾根鞍部に出る。
P1030898雑木斜面.JPG雑木斜面
P1030900崩壊谷.JPG崩壊谷

右折し、雑木尾根を登り切ると、雨乞山の山頂部に出る。低いシダを踏みながら、平坦尾根を少し進むと、平坦な岩がいくつか散在する三角点山頂に着く。標柱が傍に設置され、周囲のヤブもない。おかげで、今回はすぐに三角点(四等、基準点名「東大平」)を見つけることができた。
P1030877雨乞山三角点.JPG雨乞山三角点

平坦な岩上に立つと、樹間越しながら西から南方向の展望が開ける。
P1030879山頂から南ヶ岳方面.JPG山頂から南方面の展望

これからいよいよ大岩をめざす。大岩は三角点からほぼ真西の標高差40mぐらい下のところにある。明瞭な踏み跡やテープ類は今のところないので(私は目印を付けない主義なので)、よく方向を定めて向かう必要がある。
支尾根上から尾根をはずさないよう慎重に下っていくと、大岩の背後に出る。心得のある人なら岩上に上がることもできるだろう。
P1030876大岩背後.JPG大岩背面

ここから左(南)に周り込み、岩沿いに下っていくと参道に出会う。右折し、自然石を使った石段を登ると、石垣が見え、上方に大岩が現れる。大岩は優に15mはあると思われる。
P1030864石垣.JPG石垣
P1030873大岩.JPG大岩
P1030869大岩.JPG

岩下は石垣が築かれた平坦地となっており、石積みの台座上に小振りの石祠が鎮座している。中は空である。また、手水鉢や右の岩上には自然石の灯篭が置かれている。こうしたところからも一時期までは篤く信仰されていたことが伺える。現在は落ち葉が厚く積もり、参り手もないようである。
大岩の頂部を、よく目を凝らして見ると、スズメバチの巣の跡が分かる。前に登ったときは、ここに大きな巣がぶら下がっていた。
P1030871石祠・手水鉢.JPG石祠・手水鉢
P1030867岩上の石灯篭(右上).JPG岩上の石灯篭

ところで、南ヶ岳へ縦走をする場合は、三角点山頂から大岩へ降りず直接縦走するか、大岩経由で鞍部をめざしてトラバースして向かう方法がある。いずれも明瞭な道はないので、そのつもりでめざすしかない。前回は縦走路の雑木尾根上には切り開きがあり、歩きやすかったが、現在は歩く人もいないと見え踏み跡もほとんどなく、万九郎岳あたりは平坦尾根に加え雑木が密集し、どこが山頂(最高ピーク)なのか分かりづらい。
P1030882縦走尾根(万九郎岳山頂付近).JPG万九郎岳山頂付近
P1030884平坦縦走尾根.JPG平坦尾根

また南ヶ岳あたりのヒノキ植林境は荒れてシダが被るので、かなり歩きづらくなっている。
南ヶ岳の山頂部には下部が小さな岩屋風になった大岩がある。頂部地面から2m程度なので、岩上へ上がれなくはない。周囲に高木がないので、上がれば展望がよいだろう。
P1030885南ヶ岳山頂大岩.JPG南ヶ岳山頂の大岩
P1030887山頂から東方面の展望.JPG山頂から東方面の展望

前回は、南ヶ岳から植林伐採境の尾根を南から西へ下り、林道終点(地形図破線道の終端部)へ出た。植林が伸び、境界部も荒れているので、今回は雨乞山まで元の道を戻った。

さて、大岩からの帰路は往路を戻った方が無難だが、参考までに旧参道方面へ下るルートを説明しておく。
このルートは、以前は赤ペンキが目印となり、竹林ヤブの中もなんとか歩けたが、現在は印となるものがなく、ヤブ化も進んでいるため、難しいルートとなっている。

大岩から石段を降りて、しばらくは山道らしい道が残っている。左の谷あいに岩が重なり合った岩塊流が見えると、まもなく竹と雑木のヤブにぶつかる。
P1030891岩塊流.JPG岩塊流
P1030905竹と雑木のヤブ.JPG竹と雑木のヤブ

ヤブを避けるため左にトラバースすると、山道らしき跡に再び出会うが、すぐにスギ林のヤブに変わる。明瞭な踏み跡もなく不安になるが、スギ谷沿いに支尾根を左にトラバースして進むと、二つ目の支尾根で荒れたヒノキ林境に出会うので、これを忠実に下る。
P1030906トラバース道.JPGトラバース道

竹林からヒノキ林境に変わると明瞭な踏み跡が現れ、そのままヒノキ林境の尾根を下る。最後は植林谷入り口に降り、山道と出会う。竹林を抜け、100mほどで林道三分岐点に出る。
P1030857スギ谷.JPG植林谷(逆方向)

■山名考
「雨乞山」・「万九郎岳」・「南ヶ岳」の山名は、「小鯖村史」(坂倉道義著)に拠った。

「雨乞山」の名は、初めて登った際、地元の古老から教えていただいた。八幡様について教わったのも同じ方である。また、南峰は「湯(ゆう)ヶ山」と呼んでいるとのことだった。
「防長地下上申」小鯖村由来書の高山之事の項に、「上小鯖之内 雨乞山 」として、「雨乞山と申は、往古より旱魃之時分地下人雨乞仕候故雨請山と申伝候、尤此山ニ大石有之天狗之はね休岩と申伝候事」と説明がある。山中には大岩が点在するが、中でも一番高く、また祀られていることからも、八幡様の大岩のことを指すと思われる。

また、同じ項に「上小鯖ノ内 夕顔山」 として、「夕顔山と申は、往古奈良松夕顔と申諸士居住、御彼方抱之山之由ニて夕顔山と地下人申伝へ候事」と説明がある。さらに上小鯖内の墓所の説明として、「往古奈良松夕顔と申諸士之墓と地下人申伝候事」と記されている。
これらのことから、「昔、奈良原夕顔という武士が(武士の名にしては弱々しい気もするが)この地に住んでいて、その所領の山であったことから、夕顔山と地元では呼んでいる。その武士の墓も当地に所在する。」と理解できる。
この「夕顔山」が「湯ヶ山」に訛ったのではないだろうか。また、「防長風土注進案」の小鯖村の項には、御預ケ山に「祐哥山」という山名も見える。これも同じ山かと思われる。
地元の方か郷土史料等で奈良原氏の墓所の存在が分かれば、夕顔山の位置の決め手となると思うが、現在のところ確認していない。また、山口県文書館(改修工事のため休館中)所有の地下上申絵図も、そのうち機会を見つけてあたってみたい。