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立岩山・神田山(平生町佐合島) [離島の山]

ネットで木崎山と遠見山の山名と二つの狼煙場が記された島の案内図を見付け、歩く気になった。(2011.3.5)
佐合島.JPG (クリックで拡大)

尾津漁港(田布施町麻里布)から朝一番の「ましま丸」に乗り(乗客は私だけ)、馬島経由で佐合島へ渡った。
P1010544尾津漁港・ましま丸.JPG尾津漁港・ましま丸

船着き場の所にコミュニティセンターがあり船の待合所も兼ねている。
建物の前に、ネットで見た案内図の看板があった。
P1010545島案内板.JPG島案内板

浜沿いに北へ進み、島出身の俳人久保白船の生誕地跡を訪ねる。案内板に「海の青さ山の青さに雲重なれり」の句が紹介されている。
P1010550久保白船生家跡案内板.JPG久保白船生家跡案内板

覚勝寺に立ち寄る。
P1010551覚勝寺.JPG覚勝寺

「遊歩道北口」の看板の立つところから墓地への道と分かれて林道(遊歩道)に入る。
P1010553東海岸.JPG東海岸
P1010554遊歩道北口.JPG遊歩道北口

未舗装の林道が島を巡っており、これが遊歩道として利用されている。自転車が島の主要な交通手段であり、車があまり入らないせいか、カヤなどが茂るところもある。「遊歩道、言うほどでもない」と言ったところだが、歩く分には支障ない。
P1010562遊歩道(林道).JPG遊歩道(林道)

沿道には「望郷桜」と呼ばれる桜並木が所々続いており、説明板によると、松食い虫被害の山林を植林するため1985年頃から約5kmにわたり林道整備がされたが、それを機に観光のためにと町から贈られた桜の苗木約350本を有志により植えたとのこと。
P1010561望郷桜看板.JPG望郷桜看板

林道を歩いていくと所々展望地があり、丸太のベンチが置かれている。
P1010563展望地(馬島など).JPG展望地(第一)
P1010564刎島・馬島.JPG刎島・馬島
P1010567展望地.JPG展望地(第二)
P1010568刎島・馬島.JPG刎島・馬島

いよいよ一番目の121.5mピークをめざす。
林道を歩きながら踏み跡のある取り付きを探したが見つからないので、山頂の南西から雑木疎林の斜面に上がり鞍部に出た。
P1010570立岩山取り付き.JPG立岩山取り付き

左折し、そのまま雑木ヤブを尾根伝いに進み、ヤブが薄くなった空間へ出たところに三等三角点(基準点名:佐合島)があった。ここ最近人が入った形跡はない。
P1010572立岩山三角点.JPG立岩山三角点

展望もないので、帰路は山頂からそのまま雑木疎林の斜面を林道まで一気に下った。
P1010573立岩山雑木ヤブ.JPG雑木ヤブ
P1010574展望地.JPG展望地(第三)
P1010578西海岸.JPG西海岸
P1010579神田山.JPG神田山

山頂部を南に巻き、鞍部で集落へ下る山道が分かれるあたりから、俄然道がよくなる。
P1010581遊歩道.JPG遊歩道

まもなく三方に道標が立つ分岐に着く。左に集落へ下る山道も分かれる。右折し「前崎」方面へ向かう。
P1010592分岐.JPG分岐

次は102.4mピークだ。右カーブの谷部となりここも踏み跡がないので、山頂をめざして雑木ヤブの斜面を直登する。ササヤブ帯に突っ込むが、構わず登り切ると山頂近くに抜け出る。山頂部もササヤブでうんざりする。気を取り直して三角点探しを始めると、ほどなくヤブの中に見付けほっとする(四等三角点、基準点名:佐合南)。そのまま同じ道を戻る。
P1010585神田山三角点.JPG神田山三角点

次は案内図にあった二つの狼煙場探しをする。二つとも案内図に記されたあたりを探索したが、それらしき平坦地はあるものの穴や石垣は見つからず、やはり素人には無理かと思い知らされる。
P1010591前崎狼煙場跡付近.JPG前崎狼煙場跡?付近

林道終点手前の岩上展望地は桜が密集し、樹間越しにしか展望が得られなくなっている。
P1010587岩上展望地.JPG岩上展望地

分岐まで引き返し、林道を下って港に戻った。
P1010593遊歩道南口.JPG遊歩道南口

■山名考
島内には三角点の山が二つある。島の案内図によると北峰(121.5m)が「木崎山」、南峰(102.4m)が「遠見山」とある。しかし、「防長風土注進案」や角川日本地名大辞典「山口県」によると、北峰は「立岩山」、南峰は「神田山」とされている。また、佐合島の小字名にも「立岩」と「神田」が見える。したがって、山名は後者に拠ることとした。

■狼煙場のこと
案内図では狼煙場は島の南側に二ヶ所記されている。
下山後、地元の方と立ち話をした時、「北側の山に狼煙場があり、石垣もあったと思う」と言われ、そんなはずはないがとその時は怪訝に思った。帰宅後調べたところ、佐合島の狼煙場について、「防長地下上申」では、「山番ノ岡」と「前崎ノ岡」、「防長風土注進案」では、「遠見山」と「前崎山」にあったと記されている。

両書とも御上使が通行の際に室津(内ヶ畑)へ狼煙を渡したと記述していることからも、前崎ノ岡と前崎山は同じで、島の南端にあったと考えてよいだろう。また、馬島(要害山)と戸津(名古屋山)へ狼煙を受け渡したとされる山番ノ岡と遠見山も同じと考えられるが、問題はその位置である。

案内図では102.4mピークを遠見山としているが、この位置では戸津への受け渡しは可能だが、馬島要害山への受け渡しは困難である。
注進案には「大浦之内遠見山」と記されており、大浦が佐合島南端の地名であることから、案内図では102.4mピークを遠見山としたのだろう。
しかし、馬島要害山と戸津名古屋山への狼煙の受け渡しをするには、島の北側でないと無理と思われる。
このため、注進案の「大浦」は島の北西側の地名と思われる「大窪」の誤記であり、正しくは「大窪之内遠見山」ではないかと推定してみた。
また、注進案では立岩山と遠見山はそれぞれ違った項で説明していることから、別のピークと思われる。
これらから、遠見山は、立岩山から北に延びる尾根上のいずれかの小ピークではないかと考える。