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八兵衛山・黒見山南峰(防府市野島) [離島の山]

11月29日に野島を歩いたあと、『防府市野島の歴史と暮らし』(重枝慎三著、平成22年8月発行)という本を見つけた。そこで、本文掲載の「野島の小字図」と「野島の釣り場マップ(防府市地域振興課1996年3月作成)」を参考に、約1週間後ふたたび島へ渡り、気になるところを中心に歩いてみた。(2014.12.07)
P1200541予備船「のしま」.JPG八兵衛山・野島漁港
野島2.jpg (1,2クリックで拡大)

野島漁港で下船すると、まずは西の八兵衛山をめざす。集落の西端に野島中学校跡があり、この裏側から上の民家方向へコンクリート階段がある。
階段の最高所まで登り、耕作地を抜けて、道はないが雑木疎林の斜面を上がると山頂部へ出る。
P1200428待合所の東屋.JPG待合所の東屋
P1200431野島中学校跡.JPG野島中学校跡
P1200432コンクリート階段.JPGコンクリート階段
P1200433.JPGコンクリート階段
P1200435階段最上部.JPG階段最上部
P1200436畑.JPG耕作地
P1200437沖島・平島・丸山.JPG沖島・平島・丸山
P1200438耕作地跡のヤブ.JPG耕作地跡のヤブ
P1200440疎林斜面.JPG疎林斜面
P1200442.JPG疎林斜面
P1200444カヅラヤブの八兵衛山山頂.JPG八兵衛山山頂
P1200446山頂.JPG山頂
P1200445姫島・国東半島.JPG姫島・国東半島を望む

◆ 「八兵衛山」の狼煙場跡
「八兵衛山」の由来について記した資料は見ないが、これが「防長地下上申」で言うところの「西之岡」にあたることには異論はないだろう。
小字図では66mピークの北側あたりを「番屋」とし、南側を「西ノ岡」としている。「番屋」は狼煙場の見張り小屋があったことに由来すると思われる。
向島と粭島の狼煙を受け渡しする見通しの関係で、66mピークあたりから北西方向の支尾根分岐点あたりまでが狼煙場の位置として怪しいと睨んでいたので、66mピークから北西方向へ尾根を歩いてみたところ、カヅラヤブの山頂部の切り開きが終るあたりに逆L字形に石垣があった。石垣は古いものか段々畑を開墾した際に新たに築かれたものかは定かではないが、ここだけきちんと石垣が築かれているところを見ると番屋があったとしてもおかしくはなさそうだ。しかし、支尾根分岐あたりまで下ってみたが穴らしきものは見当たらなかった。
P1200447石積み.JPG石積み
P1200448.JPG石積み
P1200449平坦尾根.JPG北西方向の平坦尾根
P1200450.JPG平坦尾根
P1200452段状.JPG段状の尾根
P1200453段状(逆方向).JPG段状の尾根(逆方向)
P1200454支尾根分岐部の平坦地.JPG支尾根分岐部
P1200457山頂から東方向の展望(野島漁港・小・中学校).JPG山頂東側からの展望(粭島を遠望)
P1200461野島集落・黒見山.JPG野島集落・黒見山
P1200462黒見山南峰.JPG黒見山南峰

そこで、反対側の南の峠から南東方向の60mピークへ向けて少し進むと、立派な石垣に出会う。前回は気付かず通り過ぎたが、石垣の北側突端部から西へ回り込んだところに直径2mほどの小穴を見付けた。コの字形に石積みがあり、北側は土盛りがある。西側の石積みは崩れたのかやや開口している。
小字図では「大山」にあたるが、「西ノ岡」と隣接しているところだ。ただし、「カシミール3D」でシミュレーションしてみると粭島は見通せるが、向島は66mピークの八兵衛山が邪魔をし、見通しは厳しい。
P1200467立派な石垣.JPG立派な石垣
P1200474東方向の石積み側から.JPG石垣西側の穴
P1200469穴上部の石積み(東方向から).JPG穴上部の石積み(東方向から)
P1200471西方向から.JPG西方向から
P1200472上部の石積み(北方向から).JPG穴上部の石積み(北方向から)
P1200473穴(北方向から).JPG北方向から

◆ 「茶臼山」と「大山」
これら二山については、小字図では「大山」の名があるが、「茶臼山」の名はない。釣り場マップでは、標高66mピーク(八兵衛山)の南東側にあるピーク(標高約60m)の北側を「茶臼山」、南側を「大山」としている。
現地を歩くと、二山とも「くの字形」の折れ点をピークとした斜面上にあり、ピークとは言いがたい。したがって、釣り場情報マップの二山の位置はいずれも怪しいと言わざるを得ない。
小字図では60mピーク一帯を「大山」としていることから、この最高所を「大山」山頂とし、南東に連なる、小字図では「大久保」としている、長細い標高60mのピークを「茶臼山」とすればおさまりはいいのだが…。
なお、『地名語源事典』(山中襄太著)によれば、「茶臼山」という名の山は全国的に数多くあるが、茶臼形(円筒形)をしたものはそれほど多くはなく、城跡の山の場合もあるという。
P1200480北側斜面・小穴(逆方向).JPG60mピーク北側斜面
P1200479 60mピーク方向.JPG60mピーク方向
P1200483南側斜面.JPG60mピーク南側斜面

60mピークを越えた鞍部から東側の竹林帯斜面を下ると、耕作地跡へ出る。
P1200485鞍部の竹林.JPG鞍部
P1200486段状の竹林.JPG段状斜面の竹林
P1200487倒竹帯.JPG倒竹帯
P1200488幅広の段上へ降りる.JPG幅広の段上へ降りる
P1200489耕作地跡へ出る.JPG耕作地跡へ出る

貯水槽を左に過ごし、山道分岐を右に取ると、前回歩いた田ノ浦峠へ通じる山道と出会う。
P1200491山道(左方向).JPG山道出合いから左方向
P1200492山道(右方向).JPG右方向
P1200495山道分岐(逆方向).JPG峠への山道出合い(逆方向)

右折し、田ノ浦峠からは左折、竹林を抜けて尾根伝いに指揮所のある黒見山南ピークをめざす。ところどころ山道の名残りがある。
P1200496田ノ浦峠.JPG田ノ浦峠
P1200497竹林の山道(左方向).JPG竹林の山道(左方向)
P1200498尾根.JPG雑木尾根
P1200499.JPG雑木尾根
P1200501.JPG雑木尾根

上方で左へトラバースすると、これも前回歩いた聴音機跡からの下山道と出会う。
P1200503左巻き道.JPG左の巻き道
P1200505山道出合い(逆方向・南方向).JPG山道出合い(逆方向)

今回は聴音機跡からそのまま旧耕作地沿いの尾根を歩いてみると作業小屋へ出た。
P1200506聴音機台座跡.JPG聴音機台座跡
P1200507聴音機跡小広場.JPG聴音機跡小広場
P1200508聴音機跡上方の南側展望.JPG小広場東上方から南側の展望
P1200509尾根道.JPG尾根道
P1200511作業小屋に出会う.JPG作業小屋
P1200513祝島.JPG遠く祝島を望む
P1200514指揮所跡方向.JPG指揮所跡裏側方向

ブログ「YMD特設ブログ所」によると日の出が拝める展望地があるようなので、カヅラヤブを踏みながら南東へ向かうと、平坦ピーク付近で笠戸島など東側の眺望が開ける。
P1200517南東方向の荒地(展望地).JPG南東の展望地方向
P1200523荒れた展望地.JPG荒れた展望地
P1200518笠戸島(展望地より).JPG笠戸島を望む
P1200521展望地の先まで下ってみる.JPG展望地の先まで下ってみる
P1200522この先急勾配となる.JPGこの先急勾配となり引き返す

帰路は指揮所跡手前の鞍部から北西方向の谷へ下る道をたどってみる。やや荒れた溝状の山道が残っているが、段々畑跡の段状地あたりで不明瞭となる。
P1200525指揮所跡.JPG指揮所跡
P1200527ヤブ気味の下山道.JPG溝状の下山道

P1200528.JPG溝状道
P1200529スギ並木沿い.JPGスギ並木沿い
P1200530山道消失.JPG段上で山道消失
P1200531段上を下る.JPG段状斜面を下る

立派な石垣のある平坦地を右に過ごすと溜池に出る。
P1200534石垣の平坦地.JPG石垣の平坦地
P1200535下方に貯水池.JPG下方に溜池
P1200536貯水地.JPG樹間に溜池

堰堤横に出て耕作地上方の斜面を登ると、これも前回歩いた山道と出会う。丸木橋を渡り、石段を下ると車道終点広場へ出る。
P1200537堰堤.JPG堰堤
P1200539耕作地の奥に堰堤.JPG耕作地奥の堰堤

■山名考
◆ 「黒見山と「岳」
小字図によると、三角点表示のある最高所の北側斜面あたりが「岳」とされ、そこから南側の指揮所などがある尾根あたりまでの一帯が「黒見山」とされている。
「黒見」とは、「海見」あるいは「魚群を見る」の意だろうか。小字図で「岳」・「黒見山」とされる一帯は、島の東側から南側へ標高60mから70mぐらいの緩やかな山並みが続く。この間海を望見できるところが数箇所はあったはずである。そこでこの一帯を「黒見」あるいは「黒見山」と言い、その最高所あたりを「岳」と呼んだのではないだろうか。
なお、小字図や釣り場マップでは探照灯跡あるいは指揮所跡近くに、ピークを示す三角点マークと黒見山が記されている。

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