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黄幡山(周防大島町前島) [離島の山]

周防大島の旧久賀町沖にある前島をめざす。地形図には山名はなく、ネット情報によると最高峰の標高125m付近には砲台跡など戦時中の軍事遺構があるようだ。久賀港から1日3往復の定期船が運航している。
最高峰のほか島北部の海岸や島南部の峰も探索してみたが、最高峰以外は近年ほとんど人が足を踏み入れた様子はなく、それなりの覚悟が要る。(2014.11.20)
P1190909漁港から黄幡山.JPG前島漁港から黄幡山
前島.jpg (1,2クリックで拡大)

久賀港から午前7時10分発の船に乗る。乗客は平日のせいか私ひとり。近年前島沖で多数のスナメリが目撃され、町の観光キャンペーンの効果もあって乗船客の6割はスナメリ目的という。目撃の確率は3割とか。スナメリを見ることもなく約20分で島西側の前島漁港に着いた。
P1190781久賀港の定期船「くか」.JPG久賀港の定期船「くか」

さっそく待合所に入り当日の行程を練る。まずは港の上方にある前島神社へ参拝し、本日の無事を祈る。
P1190786待合所.JPG渡船待合所
P1190788堤防沿いの道.JPG堤防沿いの道
P1190789山手の道へ右折.JPG山手へ右折
P1190792前島神社の石段.JPG神社石段
P1190793前島神社.JPG神社境内

次に島唯一の三角点をめざすことにする。神社下から舗装道を北へ向かい、分岐を右折し墓地上方の小ピークをめざす。
P1190795墓地分岐(右へ).JPG墓地への分岐(右へ)
P1190797墓地.JPG墓地

尾根上はヤダケなどが茂り手ごわそうなので、尾根の裏側へ回ってみたが、石垣が築かれた平坦尾根上はヤダケなどがびっしりと密生しとても寄りつけそうにない。
P1190799墓地上の尾根へ向かう山道(ツタ類がはびこる).JPG墓地上の尾根へ向かう
P1190800尾根上の石垣.JPG尾根上の石垣
P1190801ササヤブの山頂部.JPG尾根上のササヤブ

ふたたび墓地側へ戻り、墓地の東端部から右へ回り込みながら尾根へ上がったら、ヤブの手前に保護石に囲まれた二等三角点(基準点名:前島)がポツンとあった。
P1190808墓地東側最上部の取り付き.JPG墓地最上部の取り付き
P1190803三角点東側の尾根.JPG三角点東側の尾根へ向かう
P1190805ササヤブ手前の三角点.JPGササヤブ手前の三角点
P1190806二等三角点.JPG二等三角点

墓地の西端から山道を登り、尾根へ出て少し藪を分けると車道のカーブ地点へ出る。すぐ上にヘリポートがある。
P1190810尾根の山道.JPG尾根の山道
P1190894ヘリポート.JPGヘリポート

ここで一旦下って黄幡社をめざす。カーブ地点に道標があり、分岐を右に取るとすぐに石鳥居と出会う。柱には「安永九」の字が刻まれている。
P1190814落ち葉やツルに覆われた干そう道路.JPG車道
P1190815道標・黄幡神社分岐.JPG分岐の道標
P1190816石鳥居.JPG石鳥居

石段を下っていくと前方に通夜堂があり、右にご神体の巨岩を見る。幹の皮が剥がれているのはバクチノキだろう。
P1190817石段.JPG石段
P1190818黄幡社の大岩.JPG黄幡社の巨岩
P1190820大岩.JPG巨岩(正面)
P1190822通夜堂・大岩.JPG境内

下の車道へ出て右折し、浜の方へ下っていくと、作業小屋の横からヤブ気味の作業道が上がっている。これが北の浜へ向かう道だろう。
P1190823車道下降口(逆方向).JPG車道への下降口(逆方向)
P1190824作業小屋・分岐.JPG分岐の作業小屋
P1190825作業道跡分岐入口.JPG作業道跡入口

カズラなどが茂るヤブを分けて巻き加減に進むと、支尾根と合わさるあたりで上方に電柱を見る。電柱はここから左下の浜の方へ続いている。
P1190826ヤブ.JPGカズラヤブ
P1190827ササヤブ.JPGササヤブ
P1190828電柱.JPG電柱

荒れた作業道をさらにたどると右カーブして一旦支尾根上へ上がる。ふたたび左の巻き道となり、ササが交じる背丈高のシダヤブに突入する。ここ最近人が入った形跡はない。
P1190829作業道跡.JPG作業道跡
P1190831ササヤブ.JPGササヤブ
P1190832シダヤブ.JPGシダヤブの巻き道

段々畑跡の段状の道となり、どの段が道なのか不明瞭なところもある。
P1190833作業道が分かれる.JPG道が上下に分かれる
P1190834ササヤブ.JPGササヤブ
P1190836ササ交じりのシダヤブ.JPGササ交じりのシダヤブ
P1190837ササヤブ.JPGササヤブ
P1190838疎林.JPG疎林

三つ目の支尾根を横切るあたりでさらにヤブが濃くなったので、これ以上作業道跡をたどるのをあきらめ、ヤブが薄そうな左の支尾根へ下ることにする。
P1190840シダ・ササヤブ.JPGふたたびヤブが濃くなる
P1190841左の支尾根へ逃げる.JPG左の支尾根へ下る

支尾根上のササヤブを左によけながら下っていくと、ササヤブが切れるあたりで尾根へ出る。
P1190842尾根左の疎林を下る.JPG尾根左の疎林を下る
P1190860支尾根上のヤダケ.JPG支尾根上のヤダケ
P1190843尾根へ一旦出る.JPG尾根へ一旦出る

右の谷方向へ巻き加減に下る薄い踏み跡が残っており、これを下ると、前方に海岸が見える。手前には小さな溜池がある。
P1190846古い踏み跡を下る.JPG古い巻き道の踏み跡
P1190858溜池.JPG溜池
P1190848下方に浜が見える.JPG浜が見える

岩場の海岸へ着くと、海岸沿いに石垣が築かれており、石垣上にコンクリート製の基礎部分と桝らしきものを見る。
P1190854石垣.JPG土手の石垣
P1190852コンクリートの基礎.JPGコンクリートの基礎
P1190853コンクリート桝.JPGコンクリート桝

浜はこぢんまりとした岩石海岸となっている。
島で出会ったお婆さんの話によると、この浜は「真名ヶ浦」と言い、ひとつ手前にある砂浜の海岸を「こもヶ浦」と言うようだ。ネット情報によれば、こもヶ浦は船で渡って海水浴ができるらしい。
『地下上申』久賀村の前島の項には「こもか浦」の名が見える。また、『角川 日本地名大辞典 山口県』小字一覧の久賀町前島の項には、「こもヶ浦」・「真名ヶ浦」の名がある。
お婆さんによると、戦時中、真名ヶ浦には砲台のある山頂の兵舎まで生活用水を揚げるための施設があったらしい。コンクリート基礎がその名残りかもしれない。また、以前は浦の上方まで畑を作っていたという。
P1190855岩石海岸(真名ヶ浦)東方向.JPG真名ヶ浦(東方向
P1190856西方向.JPG(西方向)
P1190857岩国方向(大将軍山・高照寺山).JPG岩国方面(大将軍山・高照寺山)

旧山道跡など歩きやすいところを選びながら作業道跡へ戻り、ふたたびヤブを分けて車道まで引き返す。
P1190861旧山道と出会う.JPG途中旧山道と出会う
P1190862鞍部.JPG鞍部へ出る

ヘリポートまで戻り最高峰をめざす。ヘリポートの右手からツル植物が這うコンクリート舗装の林道が続いている。途中の路傍に笠戸島で見たものと同じ旧海軍の境界石があった。
P1190869林道.JPG車道分岐
P1190893林道入口.JPG林道入口
P1190812コンクリート林道.JPG舗装林道
P1190892海軍境界石.JPG

カーブしながら登り切ると尾根に突き当たり、林道終点となる。
P1190870林道終点.JPG林道終点
P1190871終点左方向のヤブ.JPG終点左方向のヤブ

前方の尾根斜面に取り付き、右へ少し巻きながら登ると雑木疎林の尾根へ出る。左折するとすぐ下に、砲台跡とみられるコンクリート製の丸い大穴がある。
P1190872疎林斜面を登る.JPG疎林斜面を登る
P1190891斜面の溝.JPG斜面の溝
P1190873尾根上へ出る.JPG尾根上へ出る
P1190874砲台跡①の縁部.JPG砲台跡①の縁部分
P1190875砲台跡①.JPG砲台跡①.
P1190876砲台跡①退避壕.JPG砲台跡①退避壕

尾根を右に回り込みながら尾根伝いに進むと、穴状の軍事遺構が次々と現われる。その先にも砲台跡とみられる遺構が二つ続き、南側の一段下がったところにはレンガ造りの塔状の指揮所跡がある。さらに尾根を進むと土塁跡や大小二つの円形の窪地を見る。これらの遺構については、ファーザーさんのHPに詳しい。
P1190878砲台跡②.JPG砲台跡②
P1190879砲台跡②退避壕.JPG砲台跡②退避壕
P1190880砲台①②間の平坦地.JPG砲台①②間の平坦地
P1190889指揮所跡.JPG指揮所跡
P1190882砲台跡③.JPG砲台跡③
P1190883砲台跡③退避壕.JPG砲台跡③退避壕
P1190884四角い穴.JPG方形の小穴
P1190886凹地.JPG円形の凹地

定期船の船員からの情報によると数ヶ月前にも2、3名調査に入ったようで、ヤダケなどが一部刈られ、当初想像していたより案外楽に探索できた。

出航までまだ時間があるので、次に島南側の最高峰、97mピークをめざす。
お婆さんから「山へ上がる道はもうないが、小学校の裏から行けるかも?」との情報を得たので取り付いてみたが、平坦尾根鞍部あたりでヤブがひどくなり引き返した。
P1190895久賀小学校前島分校.JPG久賀小学校前島分校(休校中)
P1190897分岐(左へ).JPG分岐(左へ)
P1190899尾根道.JPG尾根道
P1190900石祠.JPG石祠
P1190901カヅラヤブの平坦尾根.JPGカヅラヤブの平坦尾根

そこで、港まで戻り、南側の防波堤の端から尾根に取り付いてみた。踏み跡をたどると、左側が段々畑跡の竹林となる。
P1190911堤防端からの尾根取り付き.JPG堤防南端からの尾根取り付き
P1190912巻き道.JPG踏み跡
P1190913竹林.JPG竹林

段上をたどり、斜面をよじ登ると尾根へ出る。尾根上に小岩を見る。
P1190915.JPG竹林の斜面
P1190916鞍部の石.JPG鞍部の小岩

鞍部へ出ると右の浜へ抜ける溝状の道の名残りがある。浜側はヤブで完全に潰れている。
タケヤブを抜けながら尾根を登り、最初のピークを左へ巻く。
P1190918溝状の鞍部.JPG溝状の鞍部
P1190919タケヤブ.JPGタケヤブ
P1190921 60m小ピークを左に巻く.JPG小ピークを左に巻く

鞍部から竹林を登り返し、小岩を二つ右に過ごしながらタケヤブを登ると雑木疎林の尾根となり、山頂ひとつ手前の平坦ピークへ着く。
P1190923タケ交じりの尾根.JPGタケ交じりの尾根
P1190924小岩二つ.JPG小岩二つ
P1190925タケヤブ.JPGタケヤブ
P1190926疎林尾根.JPG疎林尾根
P1190927 手前90m平坦ピーク.JPG90m平坦ピーク

緩い鞍部を登り返すと山頂の97mピークへ着く。山頂部北側には大岩がある。二つの岩だが、ひとつの岩のように見える。もとはひとつの岩だったのが割れたのかもしれない。岩の下は人がひとりくらい入れそうな穴となっている。
平坦山頂の中央部にはコンクリート杭がポツンとある。
P1190928雑木疎林.JPG雑木疎林
P1190929山頂部の大岩.JPG97m山頂
P1190931二つに割れている.JPG大岩
P1190933大岩の下の穴.JPG大岩の下の穴
P1190936コン小杭.JPGコン杭

帰路は北側の尾根を下ってみた。
鞍部までは疎林で歩きよかったが、段状の尾根に変わるとササヤブが現われ始める。
P1190937北尾根方向.JPG北尾根方向
P1190938疎林尾根.JPG疎林尾根
P1190940段状斜面.JPG段状斜面
P1190941斜面をトラバース.JPG斜面をトラバース
P1190943荒れてくる.JPG荒れてくる

西側の谷へ降りかけたが湿地帯でとても歩けそうにないので、登り返し一旦尾根へ出て、東側の緩い勾配の疎林谷を下る。
下方の浜が急勾配のようなので、左へ巻きながら尾根へ出るとガケ上となる。
P1190945右の疎林谷.JPG右の緩い疎林谷
P1190946左の尾根へ.JPG左の尾根へ巻く
P1190948ガケ上部へ出る.JPGガケ上部へ出る

左の急勾配の斜面を注意ながら少し下ると谷へ出て、右折するとすぐに漁港南端の道へ出た。
P1190950ガケをよけ谷方向へ.JPGガケをよけ左の谷へ
P1190955谷終端部.JPG谷の出口
P1190956ガケ下へ出る(逆方向).JPG漁港の南端へ出る

島の東側の漁港を散策したあと、峠を越えて待合所のある西側の漁港へ下った。
P1190957港の石仏.JPG東側漁港にある石仏
P1190958東側の漁港.JPG東側漁港
P1190959東側の海岸.JPG東側の海岸
P1190960柱島・端島.JPG柱島・端島
P1190961黒島.JPG黒島
P1190903東側漁港.JPG東側漁港全景
P1190967西側の漁港.JPG西側漁港
P1190966西側漁港横の砂浜・97mピーク.JPG97mピーク・西側漁港横の砂浜・
P1190906西側港横の砂浜.JPG西側漁港横の砂浜(北方向)
P1190970定期船「くか」.JPG漁港に停泊中の「くか」
P1190975前島.JPG前島
P1190976福島.JPG福島

◆ 山名考
前島神社下の東西の漁港を結ぶ峠で、手押し車を押しながら畑仕事から戻る島のお婆さんと出会ったので、山名について尋ねてみた。

数十年このかた山には上がっていないらしく、はじめのうちはなかなか山の名が思い出せない様子だったが、四方山話をしているうちにやっと思い出したらしく、記憶があるうちに教えてもらった。
それによると、島の最高峰、北側の砲台跡のある山は「黄幡山」、南側の標高97mの山は「ギョウジョウ山」と呼んでいるらしい。
黄幡山は黄幡社の上方にある山だからだろう。これは納得できる。
ギョウジョウ山については、名前を何度もしつこく確認しながら、漢字名も聞いてみたがわからないとのこと。
『防長風土注進案』久賀村同浦の森林小祠山の項に「同嶋(前島)之内 迫田岡役行者山」が記されており、「役行者山」から「行者山」、さら「ギョウジョウ山」に変わったのではないかと勝手に推測してみた。なお、小学校上方の山道沿いに石祠があるが、役行者と関連するものかは確認できなかった。

(追記)
黄幡山は、『島嶼大事典』(1991年発行、日外アソシエーツ)には「式部山」とある。これは小字名の式部に由来すると思われる。
また、『日本の島事典』(1995年発行、菅田正昭編著)では「大番頭」とある。これは黄幡山と同様黄幡社が由来であろう。
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gomen

山名考に追記しました。
by gomen (2015-02-01 11:13) 

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